2005年08月06日(土曜日)

イェラン・セルシェル『eleven-string baroque』

 セルシェルの『eleven-string baroque』を買ってきた。最近CDはひたすらAmazonや社販で買ってしまうので、なかなかタワレコやHMVにも足を運ぶ機会がなかったのだが、昨日久しぶりに行った際に目について、ラッセルの新譜とどちらを買おうか迷った末にこちらを買ってきた。何となく、スペインよりはバロックな気分だったのだ。

 セルシェルといえばとにかく11弦ギターでバロック(特にバッハ)を弾くか、ないしはビートルズを弾くかといったイメージが一般には強いだろうし実際私の中でもそうだが、実は彼の弾くバロックは結構好きだ。まぁ11弦ギターって時点で反則だろとか、そこまでいくならおとなしくリュート弾いてりゃいいだろうがコラとか、そんなツッコミはなくもないところだが、そんな邪念はさておき彼の弾く透明感のあるバロックは単純に聴いていて心地よい。心をグッと持っていかれる程強く響く音楽ではないが、すっと心に入り込んでくる素直で澄み切った音楽。そんな感じがする。

 この『eleven-string baroque』はヴァイスの『Passacaille』から始まり、パッヘルベル、『G線上のアリア』、BWV1001の有名なギターでは有名な『フーガ』を含むソナタ、クープラン等を鏤めつつ、最後はまた最初と同じくヴァイスの『Tombeau』で終わる、バロックの小品集。暖かな旋律が美しいヴァイスのパッサリアから重苦しく終わるトンボーまで、終止北欧出身のセルシェルらしい透明な音楽を聴かせてくれる。

 特に注目はBWV1001の『フーガ』。セゴビアが弾いて以来、ギターの世界ではすっかり定番になったこの曲だが、以前にも書いた気がするが実は結構普通の6弦ギターで演奏するには無理のある曲だと思う。だからところどころ音が非常に薄くなるし、旋律もつながりにくい。この曲に関して素直に名演と呼べる演奏が(あれだけ録音・演奏されているにも関わらず)出てこないのは、やはり元々無理がある曲だからなのだと勝手に思っている。

 だが、11弦ギターでなら話が違ってくる。分厚い音の層が織りなす重厚なフーガが、ギターの和音に強いという特性を活かして原曲以上に色彩感豊かな編曲がなされていて、聴いていて曲自体の良ささえ再認識させられるような、そんな素晴らしい演奏に仕上がっていた。セルシェルの透明感のある演奏は、セゴビアの濃ゆい演奏のイメージが強いこの曲には少しあっさりしすぎているようにも思えるが、その輪郭のはっきりした澄んだ軽やかさは、純粋な意味で言えばバロック的なのではないかなとも思った。何にせよ、6弦ギターでは表現しきれない曲でも11弦ギターならうまく曲のよさを引き出すことができる場合もある。その意味ではセルシェルの11弦ギターも(やっぱり反則だけど)ありなのかもしれない。

 個人的にはセルシェルの弾くヴァイスの『シャコンヌ』と『ファンタジー』が大好きなので、是非『パッサカリア』や『トンボー』も入れてほしいものだとかねてよりずっと思っていた。やっと、とうとうその2曲がこうして録音されてCDになったというのは素直に嬉しい。また演奏も期待を裏切らない、セルシェルらしい澄んだ透明感と控えめの優しさがにじんだよいものになっている。派手な力や演出はないし、これでもかというくらい心を揺さぶる情感があるわけでもない。ただ空気のようにそこにある、澄んだ自然な音楽を、彼は聴かせてくれる。

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