2014年11月24日(月曜日)

モンゴル旅行記-3

 大分間が開いてしまいまいたモンゴル旅行記、お話はいよいよこの旅で仕事としてではなく人生経験として最も楽しかった時間、テレルジでの午後に移っていきます。この日の午後はテレルジのツーリストキャンプに到着後、現地の遊牧民の家庭訪問を行いお話を聞き、その後乗馬体験、そして夕食という予定。2班に分かれ、それぞれのスケジュールをこなしていきます。

 自分の班はまずモンゴルの遊牧民の家庭訪問。これはもう実際に遊牧で暮らしている方のゲルに訪問して直接話をおうかがいするという貴重な体験でした。例えばゲル一つとってもツーリストキャンプのきれいにスッキリ片づけられたものでなく、テレビや毛布等がそこら辺に出ている生活感が溢れるもの。そこでもうお馴染みになってきたモンゴルのお菓子等振る舞われながら、先方のお話を聞いたりこちらから質問したり。印象的だったのは、「自分も若い頃はウランバートルで働いていたが、親が早くになくなってしまいこちらに戻ってきて遊牧民を継いだ」という話。何と言うか、その継ぐ継がないのノリが日本の農家と似たところあるなと思ったのです。というか、ああ、遊牧民って「継ぐ」ものなのかと。遊牧民は自然とそのまま遊牧民になるのでなく、この現代ではやはり若いのは都会に出て就職したりする選択肢も当然あって、その中で継ぐか継がないか、そういった家庭の葛藤があるのは、やはり日本の農家もモンゴルの遊牧民も変わらないのだなと、そう思ったわけです。歴史ある古い職業、生き方は、どうしても現代という時代と交錯していく。どの国でも、きっと難しい問題なのでしょう。

 ところで、自分たちが遊牧民の家庭におうかがいした時はちょうどそのゲルの住人の方の親戚たちがウランバートルから遊びに来ていたそうで、ゲルの外では10人を超える大人数、それも皆若くてTシャツとか着てるような都会の人達が、輪になって座って団欒をしていました。そして親戚が集まるというので、左の写真のようなモンゴル料理を作ってこれから食べるところだというのです。これはモンゴルでも特別な時にしか作らない料理だそうで、羊肉に少々の野菜を入れて、少しくらい岩塩か何かで味付けしてあるのかな?、それを熱した石を中に入れて石焼きにするという、実にワイルドな料理です。折角来たのだから一緒に食べていけという家主のお言葉に甘えて、ちょうどできたてのこの料理をいただいてきました。羊肉は脂ギトギトで、持つともう手が火傷するくらい熱くて。でもこれがまたホントに、素晴らしく美味しいのです。羊肉の独特の匂いも全然なく、脂っぽくて胸が悪くなるかと言えば全然そんなこともなく、柔らかくてジューシーで肉の旨みがダイレクトにワイルドに伝わってくる。こんなに美味しい羊肉を食べたのは初めてでした。真面目にちょっと感動したくらい。この時の羊肉があまりに美味しかったので、帰国後ふとした機会に羊肉を食べてみたのですが、固いし臭みもあるし、あまり美味しくありませんでした…。何が違うんでしょうかね。品種か環境か鮮度か…。あるいはこの、広大な草原と青空の下で食べるというただそれだけで、もしかしたら美味しく感じられるものなのかもしれませんが。ああ、あの料理また食べたい。
 モンゴルでは子供ももちろんこの羊肉食べます。モンゴルでは立って食べる風習はないので、写真のように草原でも当然のように敷物なしで直座り。右のお父さん、実にいい味出してます。このお父さんが羊の骨の際の肉をナイフで薄いベーコンのように切って、自分に「食べるか?」とジェスチャーで差しだしてくれたのです。またその肉が分厚くてジューシーな肉と違ってカリカリとして美味しかったのです。このように現地の人達に混ざって、皆で輪になり入り乱れ、この切れ目ない草原と青空の下で同じ肉を食べる。それは素敵な経験でした。そして何と言うか、「こんな生き方もあるんだな」と思ったのです。この大きな自然と、文字通り寄り添って、最低限の電気とかは使うにしても、あくせくした現代社会とは離れた場所で異なった価値観を生きる。もちろん遊牧民もお金を得るためには遊牧を商売にしないといけないですから、日本の農家同様、様々な苦労もあるのでしょう。その部分は今回まったく見てないわけで無責任な言い方かもしれませんが、凄く自由に身軽に思えたのです。家にも土地にも縛れる農家よりも、移動可能なゲルを自宅に土地を回りながら、それこそ持ち歩ける量の家財とともに暮らす遊牧民。これは今までの自分の価値観にはないものでした。

 余談ながらもう一つ意外だったのが、遊牧民の移動距離。実際のところ現代の遊牧民はそう何十キロ何百キロと移動して回ることはなく、決まった土地、半径数キロくらいを草が生える期間を置いてローテーションで遊牧するというのが一般的だということ。なので気ままに風の吹くまま、という勝手な印象とは少々違うようです。

 ツーリストキャンプに戻った後は乗馬体験。いや日本でも何回か簡単な乗馬体験はしたことありますが、正直自分の人生でモンゴルの草原で馬に乗る日が来ようとはまったく思っていませんでした。そもそも今回こんな機会でもなければ恐らく自分からはモンゴルに来ようなどという発想はなかっただろうから当然なんですけれども。これもまぁ、当然のことながら気持ちよかった。乗馬と言っても特別訓練をしてから乗るわけでもないので、速度は全然あげません。せいぜい早足程度。馬もなかなか気まぐれで、歩いていたかと思うと突然歩を止めて足もとの草をモグモグと食べ始めたりします。でもその気ままさも含めて、雨が降る直前の少しひんやりした肌を冷やす空気も、とても心地よく爽快に感じられました。いや、モンゴルで乗馬ですよ?『スーホの白い馬』の世界です。ご覧の通り自分が乗ったのは白い馬ではないですけれど、うん、いいですよね。
 そして乗馬が終わり、モンゴル相撲の模擬試合を観戦した後の自由時間、自分は一人で周囲をブラブラと散歩してみました。自分たちが泊まるゲルの裏はすぐ小さな丘になっていて、その向こうは下からは見渡せないような感じになっています。どうも見てみると立ち入り禁止っぽい柵が頂上には張られているわけですが、とりあえずそこまでは行って景色を見てみたいなと、そう思ったのです。せっかく来たモンゴル。次はいつ来るかなんてわかりません。どうせなら見られる景色は見ておきたいなと、10分か15分ほど丘を一人で登って、その頂上から反対側を見た景色が左の写真です。この日は珍しく雨が降るということで、空の上には雨雲がかかっていましたが、それすら広い空を覆い尽くすということはなく、地面も雲の切れ目に光が差すのが見てとれる、広大に開けた視界。自分が立っている頭上にはこの時雨雲が来ていて曇った薄暗い空だったわけですが、遥か遠くには白い雲と青い空が広がっているのが見えるわけです。広いですね、大地は。これは壮観な眺めでした。

 この日の夕食は賑やかで、一緒に視察に来た皆さんはもちろん、現地のパートナー企業の方々も一緒にツーリストキャンプの食堂でわいわいと騒ぎます。夏のモンゴルの日暮れは遅いので、夜7時8時になっても外は全然明るいままです。そんな中、現地のパートナー企業の方々がこの日のディナーにサプライズとして用意してくれたのがモンゴルの民族音楽バンドKhusugtun(フスグトゥン)のコンサート。これが最高にカッコよかったのです。馬頭琴やドンブラといった民族楽器はもちろん、ホーミーも生で聴くことができたのです。これが凄かった。低く唸るような歌声の上に、まるで笛のような高い歌が聴こえる。最初はどこでその音が鳴ってるのかわかりませんでした。ところがよく聴くと左から2番目の馬頭琴の人、その人から歌が聴こえてくる。口から音が出るのでなく、頭の上で天に向かって高い音が伸びていくような。これは震えました。人間、こんな歌い方ができるものなのかと。低い歌と高い歌、2つの音が同時に一人の人間の全然違う場所で鳴っているのです。昔音楽の時間にホーミーの紹介があった時、ビデオで現地の方が「ホーミーは勝手に練習をするとアバラが折れる」とか語っていたのを何故か覚えているのですが、実際生で聴いてみるとなるほどあの発声の仕方なら独学でやろうとしたらアバラくらい折れるかもしれないなと。実に衝撃的でした。この動画はその日の最後のアンコール、『モンゴル』という曲です。実にカッコいい!

 そのようにして楽しい宴は続き、一旦食堂でお開きになった後も日付が変わるまでゲルに集まった人で持ち寄った酒を飲んだりして、テレルジでの夜は更けていきました。たっぷりと人生観まで変わるような、たくさんの刺激を受けた素晴らしい一日でした。

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