2004年02月11日(水曜日)

ブエノスアイレスの冬

 私の大好きな曲の一つに、ピアソラの『ブエノスアイレスの冬』という曲があります。このHPを訪れる人の中ではかなり有名な曲ですね。厳しく、だけど優しい曲です。私が最後の定演のソロで弾いたのは『夏』でしたが、実は『冬』が一番弾きたかったんですよね。けど難しいんだ、これ・・・。

 この曲は重く、不吉に始まります。命を枯らす、寒く厳しい冬が歩を早めながら近付いてくる、そんな情景から始まります。訪れた冬は寒々しく、寂しく冷たい風を吹かせながら街を覆います。時たまアッチェランド気味に緊張感をまといながら高揚し、また静かで寒々しく落ち着いていくということを繰り返すこの曲は、長く厳しい冬を象徴しています。すべてを枯らすものとしての冬。この曲が持つ冬のイメージは、生の対極としての冬のように思えるのです。

 ところが、この曲は最後に急に曲調が変わります。短調から長調に転調し、冬と春の境目に、ある日突然吹く春一番のように暖かい旋律が、それまでの冷たさをすべてぬぐい去るように静かに優しく奏でられ始めるのです。そこから一気に草木が芽吹くように湧き上がる早いスケールが聴こえ、中音域で柔らかい春の風のような歌が流れてきます。そして最後は訪れた春を象徴する旋律が、高音域で静かにゆっくりと、草むらに腰を落ち着けて日射しを楽しんでいるような空気の中で奏でられ、曲は暖かくゆったりとした雰囲気の中で収束していきます。

 この曲の好きなところはその終わり方です。ただ枯らすものとしての冬を描写して終わるのでなく、最後に優しく暖かい春を連れてくる。それはどんなに長く厳しい冬でも、明けない冬はないんだよということを改めて伝えてくれているように思うのです。必ず、春は訪れるのだから、と。日々の暮らしを送っていく中で、時たま出口のない迷宮に閉じ込められたような、明けない冬の中にいるような、そんな感覚に苛まれたりする時、ふとこの曲を聴きたくなるのはそうした理由からなのかもしれません。どんなに長く厳しくても、必ず冬は終わって春が訪れると、この曲はそう語ってくれるのです。

 振り返ってみると、長い、長い冬の中にいたような気がします。それは現実に四季が移り変わるのとは別にあった冬で、かじかんだ心は寒さを感じることにさえ麻痺してしまっていたように思います。高校卒業間際、「本当は心も冷たいけれど、変に温めたりすると腐敗が進みそうで怖いから、冷凍保存だ、冷凍保存」と書いた時以来、明確に意識はしていなくても、もしかしたら本当にそうしてきたのかもしれません。

 今、改めて『ブエノスアイレスの冬』を聴きます。これまでは冬の厳しさに同調し、春の暖かさに憧れていたような気がします。何が変わったのでしょうか。逆に今は、冬に憧憬を覚え、春に祈りを捧げるような、そんな心象に変わっています。今年現実に訪れた冬の冷たい風の中で、随分長い間ずっと、空気のように当たり前に流れ続けていた重い短調の低音旋律は、いつの間にか長調に転調していました。

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