2001年12月15日(土曜日)

『古いメダル』

 『古いメダル』という曲をご存じでしょうか。アグスティン・バリオスの隠れた(?)名曲で、私が二回生の時独重で弾いた曲でもあります。和音とその声部の動きで淡々と進んでいく静かで憂いを帯びた、地味ではあるが美しい曲なのですが、この曲は私の中で少し特殊な位置付けにあります。特別何度も聴きたいという程好きなわけでもなく、『大聖堂』や『最後のトレモロ』のように強い思い入れがあるわけでもまたないのですが、何故か突然この曲が頭の中を回って離れてくれなくなることがあります。この曲は地味で淡々としていて、派手さがあるわけでもなく劇的に盛り上がっていくわけでもなく、クラシックに馴染みのない人などは「なんて退屈な曲だろう」と思ってしまわなくもない曲なのに、何故か色彩感というか、曲から駆り立てられるイメージは物凄く強烈なのです。ジョン・ウィリアムスの『バリオス作品集』のライナ−ノ−ツの中では「絵巻物語のような」と例えられていましたが、まさにそのような感じで、淡々と少しずつ変化していく響きの中に、何処か古風な、静かでありながらも遠くまで響き渡るような、あるいは霊的とすら感じ得る何かがあるのです。ただただ平穏な、喜びも悲しみも、希望も絶望もなく、ただ平穏な表情が、あまりに平穏すぎて寂しげにも見えるように。流れる音楽の中に物語が見えるのです。決して劇的なものではない、むしろつまらなくて取るに足らない話かもしれないけれど、何故か心を打つ小さい叙情的な物語。あるいは叙情的な物語を叙事的に描いた物語。不思議な曲です。一回聴いただけでは印象に残らないような、でも何回聴いても特に印象が変わるとも思えない曲なのに、ふとした瞬間にそのイメージが頭の中で膨らみ、曖昧とした物悲しさのような、懐かしさのような、ふと訪れてくる寂しさのようなものを与えていきます。私は基本的に宗教などを信じるわけではないのですが、神を信じる人達のいう神秘的なとか、敬虔な、といった感情とはこのことなのかもしれません。この『古いメダル』という曲にそのような思いを抱くのははたして私だけなのでしょうか。

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